東京地方裁判所 昭和45年(ワ)11182号 判決 1973年4月18日
原告
間宮精一
外一名
右両名訴訟代理人
山根篤
外四名
右補佐人弁理士
相川正次郎
被告
ミランダカメラ株式会社
右代表者
井上知一
右訴訟代理人
谷川八郎
外三名
右補佐人弁理士
飯沼義彦
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実<抄>
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告らは、左記特許発明(以下「本件特許発明」という。)の特許権共有者であつた。
特許出願 昭和二一年一〇月二四日
(特願昭二一―六二四一)
出願公告 昭和二三年一〇月二〇日
(特公昭二三―二三八九)
特許登録 昭和二四年三月一八日
特許番号 第一七八一六七号
発明の名称 一眼レフレックスカメラ用絞り作動装置
理由
一次の各事実は、当事者間に争いがない。
1 原告らが本件特許権の共有者であつたこと。
2 本件特許発明の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の項には、「本文所期の目的を達せんため、本文に詳記し、かつ、図面に示すごとく、絞度調整環に止子を設け、絞羽根開閉板を該止子に衝合すべくし、開閉板にシャッターの起動杆に関連せる作動環を係合し、常時絞りを全開状態に保たしめ、シャッターの作動に際しシャッターが開き始めざる期間中に作動環を押進し、開閉板が止子に衝合するまでこれをともに回動せしめて、予め定めたる絞度に絞ることを特徴とする一眼レフレックスカメラ用絞り作動装置。」と記載されていること。
3 右特許請求の範囲の記載によれば、本件特許発明の構成要件は、
(A) 絞度調整環に止子を設けて、絞羽根開閉板を該止子に衝合するようにすること。
(B) 右開閉板にシャッターの起動杆に関連した作動環を係合させること。
(C) 右絞度調整環、シャッター、作動環、開閉板、止子は、
(イ) 絞羽根開閉板は、常時絞りを全開状態に保ち、
(ロ) シャッターを作動させる際は、シャッターが開き始めない期間中に作動環を押進し、開閉板が止子に衝合するまで、これをともに回動せしめることによつて、
(ハ) 予定絞度に絞羽根を自動的に絞る。
ことにあること。
4 本件特許発明の作用効果は、
(一) 常時全開絞りを保つから、像が明瞭であること。
(二) シャッターの起動行為のみによって、自動的に予定絞りがえられる。
(三) 作動環と開閉板を係合関係に止めたから、必要に応じて任意の絞度による像の模様の把握ができる。
ところにあること。
5 被告が、昭和三六年一月末ころから昭和三八年一〇月二〇日までの間に、被告装置を取り付けた被告製品を製造販売したこと。
6 被告装置の構成要件は、
(A) 絞度調整環(10)(番号は、別紙物件目録記載の番号を示す。以下同じ。)に、筒体(11)、カム環(12)を固着して、一体として運動するようにし、鏡胴(C)の内部に軸(14)をもつて、揺動自在に定着した可動止片(13)の揺動軸(15)を前記カム環(12)の面に接触させる。一方、游環(5)に固着された絞羽根(9)の開閉板(8)に設けられた突片(17)の先端は、前記可動止片(13)に衝合させられる。
(B) 游環(5)とともに、開閉板(8)に固着され、一体に運動する係子片(突腕)(7)が、シャッター起動杆(1)に関連させられた作動腕(3)と係合させられる。
(C) 右絞度調整環(10)、シャッター(2)、作動腕(3)、絞羽根開閉板(8)、可動止片(13)の相互関係は、
(イ) 常には、作動腕(3)の下端が、スプリング(4)によつて、対物方向に対して反時計方向に引かれているため、これに係合する係止片(突腕)(7)、したがつて絞羽根開閉板(8)を時計方向に回動せしめる状態を継続するので、絞りは全開状態を保つ(この場合は、突片(17)は可動止片(13)と接触していない。)。
(ロ) シャッター(2)を作動させる際には、シャッター起動杆(1)の初期移動により、まず、作動腕(3)が、スプリング(4)に抗して、時計方向に押進せしめられる。そのとき、これと係合している突腕(7)、游環(5)、絞羽根開閉板(8)、突片(17)は、スプリング(6)によつて、作動腕(3)の移動とともに回動するが、この回動は、突片(17)が可動止片(13)に衝合すにことによつて停止する。
図面において明らかなように、このとき、右開閉板(8)の回動停止と無関係に、予め規定された行程端まで運動し、しかるのち、シャッター起動杆(1)が、シャッター(2)を作動させるように設計されているので、少くとも作動腕(3)、したがつて絞羽根開閉板(8)の回動期間中は、シャッター(2)が作動することはない。
(ハ) 一方、可動止片(13)と突片(17)との衝合点は、絞度調整環(10)に固着され、その回動とともに回動するカム環(12)のカム面の変位を揺動軸(15)を介して受けることによつて決定されるので、結局、絞度調整環(10)の回動によつて、予定絞りを自動的にえられることになる。
ことにあること。
二そこで、本件特許発明の構成要件と被告装置の構造とを対比するに、両者の差異が次の二点にのみ存することは、当事者間に争いがない。
1 本件特許発明は、「絞度調整環に止子を設け、絞羽根開閉板を該止子に衝合する。」のに対し、被告装置は、「絞度調整環(10)には、変位カム環(12)を設け、可動止片(13)は、鏡胴(C)に設けた。」とする点。
2 本件特許発明においては、「作動環」を設けたのに対し、被告装置は、「作動腕(3)」を設けている点。
ところで、原告らは、右1の相違点について、被告装置における可動止片(止子)(13)は、絞羽根開閉板(8)がそれに衝合して、その運動量を制限することを唯一の機能としているものであり、同時に、この制限量を決定する原因となるのは、絞度調整環(10)の運動のみであつて、他に何ものもそれに関与していないのであるから、被告装置において、絞度調整環(10)と別の鏡胴(C)に可動止片(止子)(13)を設けた点は、本件特許発明における「絞度調整環に止子を設ける。」という既念に含まれる旨主張するので、この点について判断しつつ、2の相違点の判断にも及ぶこととする。
本件特許発明は、「常時絞りを全開せしめて像を明瞭ならしめ、シャッターの作動に際しまたは焦点深度観察をなさんとする等の必要時のみ、自動的に予め定めた絞り度に絞る」目的をもつて、前記一、3の構成を採用したものであることが認められるところ、本件特許発明の先行技術を示す文献として、(一)昭和一六年七月二二日特許局陳列館受入れの米国特許第二、二三六、九二五号明細書(米国特許A)が存し、これによると、本件特許発明と同様に、「絞りを全開位置にセットし、一定の停止位置を予め選定しておくことによつて、絞り込みの調節が行えるような装置を提供すること」を目的とし、絞度調整部材(絞度調整環九九)に止子(絞度調整環九九の溝一一三の端部)を備え、絞羽根開閉部材(絞作動環一〇四)を該止子に衝合するようにし、右開閉部材にシャッターの起動杆に関連した作動部材(レバー八四)を係合し、常時絞りを全開状態に保たしめ、シャッターの作動に際し、シャッターが開き始めない期間中に作動部材を駆動し、開閉部材が止子に衝合するまで回動せしめて予め定めた絞度に絞るようにした絞作動動装置の技術的思想が、(二)また、昭和一四年七月二六日特許局陳列館受入れの米国特許Re.第二一、〇三四号明細書(米国特許B)が存し、これによると、本件特許発明と同様に、絞羽根開閉部材(絞操作環一一一)にシャッターの起動杆に関連した作動部材(シャッターレリーズレバー一一三)を係合し、常時絞りを全開状態に保たしめ、シャッターの作動に際し、シャッターが開き初めない期間中に作動部材を駆動し、絞羽根開閉部材が止子(カム一一〇)に衝合するまで、右作動部材とともに回動させて、予め定めた絞度に絞るようにした絞作動装置の技術的思想が、それぞれ、本件特許出願以前の先行技術として既に存したことが認められる。
そうすると、本件特許発明は、右先行技術と同一の目的を、先行技術にない新規な構成ないし結合により達成した点に、その特許性を認められたものと解すべきである。
ところで、原告らは、米国特許A、B掲載の文献は、本件特許出願当時特許庁陳列館に眠つていて何人にも知られなかつたものであるから、右出願当時の我が国の技術水準に取り込まれていなかつたので、これを本件特許発明の技術的範囲の解釈に斟酌することは許されない旨主張する。しかしながら、米国特許A、Bの各明細書および図面は、前記認定のとおり、本件特許出願前特許庁陳列館に受け入れられているのであるから、本件特許権の付与に際しては、先行技術として斟酌され、そのうえで本件特許発明に特許性があると判断されて本件特許権が付与されたものと認められる。そうすると、右文献が出願人らに現実に知られていたか否かにかかわらず、これを本件特許発明の技術的範囲の解釈に当つて斟酌しうるというべきである。原告らの右主張は理由がない。
そうすると、本件特許発明は、基本的には前記先行技術の採用する技術思想に立脚しながら、その具体的構造において、各構成部材の形状および部材相互の関係に一定の技術的手段を提供したものと解される。
そこで、本件特許発明は、絞度調整部材、絞羽根開閉部材および同部材を作動させる作動部材を、いずれも環状体とし、絞羽根開閉板と作動環との関連を、シャッターの作動に際し、シャッターの起動杆が作動環を押進し、開閉板が絞度調整環に設けられた止子に衝合するまで、開閉板を作動環とともに回動せしめるという機構とすることによつて、自動絞り装置をカメラ鏡胴部に構成したところに、その特徴が存するものと認めるのが相当である。
したがつて、基本的技術思想において本件特許発明と共通性があつても、本件特許発明の特徴として右に示した特定の具体的な構造を有しない装置は、本件特許発明の技術的範囲に属しないものというべきである。
ところで、前記一、3および6の認定によると、本件特許発明においては、絞度調整環に止子を設け、この止子が絞羽根開閉板に直接衝合するようにし、また、絞羽根開閉板に、シャッターの起動杆に関連した作動環を係合させるように構成されているのに対し、被告装置では、絞度調整環(10)にはカム環(12)を固着して、一体として運動するようにし、鏡胴(C)の内部に軸(14)をもつて、揺動自在に枢着した可動止片(13)の揺動軸(15)をカム環(12)の面に接触させ、一方、游環(5)に固着された絞羽根開閉板(8)に設けた突片(17)の先端が可動止片(13)に衝合するようにし、また、開閉板(8)に固着された游環(5)の係子片(7)を、シャッター起動杆(1)に連結されている作動腕(3)に係合させるように構成されている。そうすると、被告装置においては、本件特許発明の止子に相当する部材は、可動止片(13)であるが、これは、右被告装置の構成から明らかなように、本件特許発明の絞度調整環に相当する絞度調整環(10)に設けられておらず、鏡胴の内部に軸をもつて揺動自在に枢着されているものであるから、両者は、構成上明らかに相違するものであり、また、本件特許発明の環状体としての作動環に相当する部材は、被告装置においては、たがいに固着された絞羽根開閉板(8)、游環(5)および係子片(7)と係合する作動腕(3)であるが、これは、腕状であるから、両者はこの点においても相違する。したがつて、被告装置は、これらの点において、本件特許発明の構成要件を欠くものというべきである。
なお、原告らは、右の点について、止子は絞羽根開閉部材がそれに衝合して、その運動量を制御することを唯一の機能としているものであり、この制御量を決定する原因となるものは、絞度調整部材の運動量のみであるから、本件特許発明のものと被告装置のものとの間に差異はなく、また、本件特許発明の作動環と被告装置の作動腕とについても、絞羽根開閉部材をシャッターの起動杆に関連した作動部材に係合させるものとして差異がない旨主張するが、本件特許発明は、前認定のとおりの具体的構成のものであり、機能ないし作用効果自体に特許が付与されているものでないことはいうまでもないから、原告らの主張は採用できない。
作用効果の点についてみるに、<書証>および証人Aの証言によると、被告装置は、その具体的な構成を採ることによつて、従来技術にない絞度目盛を完全に等間隔にするという課題を解決しその作用効果を有する装置であることが認められ、右認定の事実からも、本件特許発明と被告装置とは、それぞれ解決のための技術的構成を異にする別異の技術的思想であるというべきである。
以上のとおりであるから、被告装置は、本件特許発明の技術的範囲に属さないというべきである。
三よつて、原告らの本訴請求は、その余の争点について判断するまでもなく、理由がないので、これを棄却することとし、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を各適用し、主文のとおり判決する。
(荒木秀一 野澤明 清永利亮)